広島高等裁判所岡山支部 昭和63年(行コ)3号 判決 1988年10月13日
控訴人
渋谷保治
右訴訟代理人弁護士
河原太郎
同
河原昭文
被控訴人
岡山公共職業安定所長明石正幸
右指定代理人
橋本良成
同
秋里光人
同
北村勲
同
赤枝京二
同
松本安彦
同
味埜澄夫
同
曽利繁貴
同
河合弘
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五九年八月二五日になした失業給付六七万三六七〇円の返還命令及び同月二日以降の失業給付日額六六七〇円の支給停止決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上の主張は、控訴人において次のとおり述べ、被控訴人においてその主張を争ったほか原判決事実摘示と同一であり、証拠の関係は、本件記録中の第一、二審書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
控訴人の妻愛子が訴外会社の設立手続をするについて控訴人が自己の実印を使用させたこと、控訴人が同会社の代表取締役として登記されることを承諾したこと、同会社振出手形が代表者の控訴人名義であることは、控訴人が訴外会社の形式だけの代表取締役として自己の名前を使わせたことの当然の結果であって、控訴人が実質上の代表取締役であることの裏付けとなるものではない。
また、訴外会社設立の相談のため控訴人が愛子と共に会計事務所へ赴いたこと、控訴人が自己の退職金の殆ど全額を同会社設立のために出捐しその返還も利息の支払いも受けていないこと及び従業員募集のための求人票を控訴人が作成し職業安定所に提出したことは、実質上の会社経営者が控訴人の妻であることを考えれば、夫として当然の行動であり、代表取締役としての立場とは何ら関わりのないものである。
したがって、控訴人の訴外会社の代表取締役としての地位は、あくまで形式上のものであって実質上のものではない。
理由
一 原判決事実摘示請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件各処分の適法性について判断する。
1 雇用保険法によれば、控訴人が受給していた失業給付の基本手当(同法一〇条二項一号)は、受給資格者が失業している日について支給される(同法一五条一項)ものであるところ、被控訴人は、控訴人が本件各失業認定当時訴外会社の代表取締役の地位にあったから失業状態になかったと主張し、控訴人は、右地位は名目上のものにすぎず報酬も得ていない等として、自己が失業状態にあったと主張するものである。
この点、雇用保険法四条は、同法にいう「失業」について「被保険者が離職し、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にあること」と規定し、職業の内容については、何ら規定していないから、同条にいう「職業に就く」とは、会社等の役員に就任した場合や自営業を始めた場合も含まれると解すべきである。そうすると、例えば、会社の役員については、会社との関係は委任関係であって、法律上は、特約のない限り、報酬を伴うものではなく(民法六四八条、六五六条)、株式会社及び有限会社においては、取締役の受くべき報酬は、定款に定めのないときは株主(社員)総会の決議をもってこれを定める(商法二六九条、有限会社法三二条)とされていて、その報酬は就任時において必ずしも確定的なものではない。また、自営業の場合は、もとより、これを開始した時点において収益の見通しが確実なわけではない。
右説示したところのほか、雇用保険法一条等同法の趣旨を総合すると、報酬等の経済的利益の取得を法的に期待しうる継続的な地位にある場合には、雇用保険法上、職業に就いたものとして失業給付を受け得ないと解するのが相当である。
なお、雇用保険法一九条は、受給資格者が失業の認定期間中に自己の労働によって収入を得た場合に失業給付の基本手当が減額される(同手当の受給資格が失われるのではない。)旨を規定しているが、右にいう労働とは、内職や手伝い等、一時的で安定性を欠く就労状態をいうもので、先に説示したところの職業に就いた状態とは異なるものと解されるから、右規定は、前記のとおり解釈することの妨げとなるものではない。
2 そこで、控訴人につきこれをみるに、同人が訴外会社設立時(昭和五九年四月三日)から同社の代表取締役に就任した旨の登記がされていることは当事者間に争いがなく、(証拠略)、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人の妻愛子(昭和二八年六月五日生、以下「愛子」という。)は、美容師の資格を有し、また、以前、化粧品店に勤務した経験もあったことから、知人の勧めを機に、来店した客に「しみ」、「にきび」等を対象とした化粧品を塗布し、美容指導することを業とする訴外会社を設立することを考え、昭和五八年一〇月頃からその準備に取りかかり、翌五九年三月三一日にリッカー株式会社岡山支社(支社長)を定年退職する予定の夫である控訴人(昭和四年三月三一日生)に資金の調達等開業準備について相談していたが、若年の自分よりも社会的経験を積んだ控訴人が会社の代表者になったほうが会社の対外的信用に資すると考え、控訴人にその旨持ちかけたところ、控訴人もこれに同調し、控訴人は、右退職後、訴外会社の設立と同時にその代表取締役に就任したこと、訴外会社の設立時の発行済株式一〇〇株(一株の発行価額五万円)は、控訴人がそのうちの五四株を引き受け、他は、愛子が四〇株、愛子の母、兄、姉、義兄合計六人が各一株を引き受けた形をとったが、以上の出資引受金五〇〇万円は全額控訴人が出捐したものであり、控訴人は、他に、訴外会社の事務所賃借費用約二〇〇万円を含め開業費用に約一〇〇〇万円をいずれも自己の退職金中から出捐していること、訴外会社の役員は、取締役が控訴人と愛子及び愛子の兄門脇正志(前記名義上の出資者の一人、島根県在住)である(他に税理士の監査役)が、会社の運営は、愛子が適宜控訴人に相談してこれを行っており、右門脇が参画することはないこと、控訴人は、訴外会社の日常の業務には関与していないが、前記退職後、訴外会社の取締役以外に他に就職せず、愛子との間の子供(昭和五九年出生)の世話をする等して愛子が会社の業務に専念できるようにし、そして、控訴人方の生活費は、愛子が訴外会社から受ける役員(取締役)報酬(月額約四〇万円)に依存していること、また、訴外会社の定款では、取締役の報酬は株主総会で定めることとされ、同社は、昭和五九年四月二日の創立総会において、取締役の報酬総額を年額一〇〇〇万円以内と議決していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実からすると、控訴人は、法律上の効果がそのとおりに生ずることを意図して、つまり法律上有効な形で訴外会社の代表取締役に就任したものであり、会社の基礎となる経済的負担の大方をして、会社の運営につき妻からの相談も受けているのであって、その地位が仮装のものでないのはもとより単なる名目上のものであるとも到底いえず、控訴人が訴外会社から取締役としての報酬を得ている事実は証拠上認められないが、控訴人が更に会社業務に従事して取締役としての報酬を得ることをしないのは、これが可能な状況にありながら本人の意思によりしないだけのことであり、実質的には、妻のために右報酬相当額を会社に贈与して、次いで妻が会社から受ける報酬によって自らの生活費も賄っている関係ともみられ、控訴人が会社から一定の経済的利益を直接受けるべき関係を法形式上迂回させているだけともみられるところで、控訴人は訴外会社から継続的に役員報酬等の経済的利益を受けることを期待し得る法的地位にあったものとみられることは明らかなものというべく、いずれにしても、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にあったものとは到底いえないところである。
3 そうすると、控訴人は、本件各失業認定当時、雇用保険法にいう失業の状態にはなく、失業給付は受け得なかったものであり、また、原判決事実摘示「被告の主張」2の事実は当事者間に争いがなく、他に特段の事情も認められないから、控訴人は、本件各失業認定申告当時、自己が失業給付(基本手当)を受け得ないものであることを知りながら、自己が失業状態にあるとして右各申告に及んだものと言わざるを得ない。
4 以上によると、控訴人は「偽りその他不正行為により基本手当の支給を受けた」(雇用保険法三四条一項、三五条一項)場合に該当することとなるから、被控訴人のなした本件各処分に控訴人主張の違法はなく、同処分は適法である。
三 よって、原判決は相当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 相良甲子彦 裁判官 廣田聰 裁判長裁判官渡辺伸平は転任のため署名押印できない。裁判官 相良甲子彦)